元気で長生きのための、
本当に正しい食生活とは

柴田 博 桜美林大学大学院 老年学教授、加齢・発達研究所所長
日本応用老年学会 理事長 柴田 博

メタボリックシンドロームが話題になり、ダイエットの必要性が指摘される一方で日本人の摂取エネルギーは減少の一途をたどっています。世界一の長寿の座を手に入れて久しい日本ですが、いま進行している「低栄養化」はその座を揺るがすかもしれないと柴田博先生は警鐘を鳴らします。学際的な研究を行う老年学専攻を日本で初めて大学院に設け、産・官・学・民による高齢社会のネットワークセンターを目指して昨年10月に発足した日本応用老年学会の理事長も務める柴田先生に、長寿社会を維持するための食生活や栄養のあり方をうかがいました。


現代日本の問題は「低栄養化」の進行にある


■日本は現在、世界一の長寿国ですが、これは食生活とどのように関係しているとお考えですか。
 20世紀の初め頃、欧米諸国の平均寿命が50歳を超えていたとき、日本人のそれは30歳代の後半を低迷するという状況でした。それが男女ともに50歳を超えたのは昭和22年のことで、昭和55年頃にはほぼ世界一の長寿国になりました。かつての短命の原因は、動物性たんぱく質や脂肪の摂取不足という、発展途上国に共通するものでした。ところが戦後、食生活が豊かになるに伴い米の摂取量が減り、その代わりに牛乳・乳製品や肉が増加しました。つまり食生活の欧米化です。一方で昭和30年代に増え続けていた脳血管疾患の死亡率が減少し始め、昭和56年には死因第一位の座はガンが取って代わることになったのです。
  戦後続いた食生活の欧米化が止まったのもちょうどこの頃で、むしろこれ以降は発展途上国型の低栄養化が進行しています(表1)。発展途上国型の低栄養はPEM(protein energy malnutrition)とも呼ばれますが、たんぱく質やエネルギーが不足している状態です。この傾向は若い世代に強く、特に20歳代の女性は最悪の栄養状態です。平成7年から平成16年までの20〜29歳女性の主要な栄養素のトレンドを見ると、わずか9年の間に摂取エネルギーは1895kcalから1659kcalに減っています。厚生労働省の「2005年版日本人の食事摂取基準」では、この年代の女性の「身体活動レベル?」(普通)のエネルギー必要量は2050kcalですから、平成16年では20%近く下回っていることになります(表2)。また、たんぱく質も脂質も減少しています。最近、学生の間で麻疹の流行が見られましたが、このような感染症の増加は低栄養化が一因ではないかとも考えられます。

■高齢者の場合はどうなのでしょうか。
 高齢者の栄養素のトレンドには大きな変化はありません(表3)。しかし、高齢者の肺炎が減らないことが日本のウィークポイントの一つです。日本人の死因でガンに次いで多いのが心疾患ですが、じつは心疾患には先天性や若年性の弁膜症など様々な原因によるものが混じっています。動脈硬化性の心疾患に着目してみると、肺炎がはるかにこれを上回ります。平成17年人口動態統計では、動脈硬化性の心疾患(急性心筋梗塞およびその他の虚血性心疾患)の死亡率は人口10万人あたり男性が68.1、女性は53.5ですが、肺炎による死亡率は男性が93.0、女性が77.3と1.4倍も多いのです。肺炎などの感染症は、低栄養による抵抗力の低下も原因と考えられますから、今後、この問題はさらに顕著になってくるかもしれません。
  そうは言っても日本では低栄養の高齢者は7〜8%で、アメリカに比べると極めて少ない状況です。アメリカの場合は約30%の高齢者が低栄養なのです。これは主に貧困が原因で、また車の運転ができなくなってマーケットにアクセスできない人が多いという理由もあります。そう考えると、日本の高齢者の栄養状態は、世界的に見ても最も良いレベルにあると言えます。

栄養素摂取量の推移グラフ

動物性たんぱく質の摂取量は全たんぱく質の50〜60%が理想的

■今のお話をうかがうと、年をとっても摂取エネルギーはある程度保つ必要がありそうですね。
 その通りで、基本的にほとんど減らす必要はありません。身体活動量が同程度であれば、70代の人が20代のときより減らしてもいいのは、基礎代謝が落ちた分の160kcal程度です。
 年をとったらエネルギー量を減らすべきだと思われがちですが、これには誤解があります。「2005年版日本人の食事摂取基準」によると、「身体活動レベルU(普通)の18〜29歳の推定エネルギー必要量は2659kcal、70歳以上では1850kcalですから、今の若者は50年後には800kcal減らすべきと考えがちです。しかし70歳以上の数値は活動量が低いことを考慮したもので、若いときと活動量が同じであれば「身体活動レベルV」(高い)でよく、推定エネルギー必要量は2100kcalになります。
  また、もう一つ誤解があります。じつは、ここでの推定エネルギー必要量は18?29歳では身長171cm、70歳以上では160cmが基準になっているのです。今の若者は50歳年をとっても身長はせいぜい1cmくらいしか縮みませんから、それほど摂取エネルギーを減らす必要はないのです。

■たんぱく質の摂取はいかがでしょうか。
 先ほども言ったように、日本は戦後、動物性たんぱく質の摂取が増えるに従って脳血管疾患が減ってきました。現在の日本人の1日当たりのたんぱく質摂取量は約70gですが、80g程度が理想だと思います。また、たんぱく質全体の中の動物性たんぱく質の割合は50〜60%程度が望ましいでしょう。 「年をとると肉より魚の方がよい」という考え方があります。これは肉の摂取量が日本よりはるかに上回る欧米では当てはまりますが、日本においては間違いです。実際、昭和30年代は魚の摂取が多く肉が低迷していた時代ですが、当時は脳血管疾患が増加していました。肉の摂取が増え始めてから脳血管疾患は減ってきているのです。現在の日本では魚と肉の割合は5対4くらい、高齢者に限定すると2対1程度ですが、魚と肉の割合は1対1くらいが理想的だと思います。

身体活動レベル


脂肪摂取量が40g未満になると死亡率が高まる

■脂肪の摂取量も漸減していますが、これは望ましいことではないのですか。
 日本の脂肪摂取量は現在54g強で、エネルギー比にすると全エネルギーの25%程度です。脂肪エネルギー比率が25%を超えると問題視されることが多いのですが、平均寿命が日本人全体を上回っていることで知られるハワイの日系人の脂肪摂取量は70gで、全エネルギーの30%を占めています。また沖縄県の脂肪摂取量は65gくらいで、やはり全エネルギーの30%を占め、この傾向は男女とも日本一の長寿であった時代から続いています。このようなことから考えても、日本人の脂肪摂取量は60g前後が望ましいと考えられます。
  ハワイの日系人を対象とした研究では、脂肪摂取量が40g未満になると脳卒中死亡率も総死亡率も極めて高くなることが報告されています。また私たちは、東京都小金井市の70歳住民を対象に10年間の追跡調査を昭和51年から行ったのですが、その調査の結果をみても、油脂を用いる頻度が高い女性ほど長生きすることがわかっています(グラフ1)。現在の日本の脂肪摂取量は漸減しており、国民の4分の1強は脳卒中死亡率や総死亡率が激増する40g未満という状態にありますから、極めて問題です。

油脂類摂取レベルの生存率

■脂肪にも動物性と植物性がありますが、その比率はどれくらいが理想的でしょうか。
 脂肪全体に占める動物性脂肪と植物性脂肪の割合を見ると、現在の日本はほぼ1対1です。かつての日本や発展途上国では植物性脂肪の割合が50%を超えており、寿命の延びは十分ではありませんでした。一方、欧米諸国では動物性脂肪が60%を超える国もあり、これらの国では平均寿命は長いのですが、虚血性心疾患の増加のリスクも抱えています。 かつて、「肉や乳製品に含まれる飽和脂肪酸は悪い脂肪酸、オリーブ油などの一価不飽和脂肪酸や、α-リノレン酸やDHA、EPAなどの多価不飽和脂肪酸は良い脂肪酸」という説が世に出回っていましたが、飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸の摂取比率は3対4対3が望ましいとされています。その意味でも、動物性脂肪と植物性脂肪をほぼ半々に摂っている日本の現状は理想的だと言えます。


牛乳を毎日飲んでいる人の方が飲まない人より長生きしている

■最近、牛乳は身体に悪いという説が話題になっていますが、どうお考えですか。
 その影響で牛乳の消費にブレーキがかかっていますが、これは大きな問題です。この弊害を取り除くための医学・農学関係の学者の委員会が設立され、私もその委員を務めています。
  牛乳や乳製品の飲用は、日本の健康と長寿に大きく貢献しています。私たちが東京都小金井市の70歳の住民を対象に行った追跡調査では、毎日牛乳を200ml以上飲んでいる男女の生存率が高いことが示されています(グラフ2)。また、85歳まで生き続けた男女の身長の縮み方は、牛乳を飲んでいた人の方が飲まない人より小さいという結果も出ています。これは骨粗鬆症が予防されたことを示す結果だと言えます。

70歳時の牛乳飲用習慣別10年の生存率

■総コレステロールも低い方が良いと思われがちですが、そうではないそうですね。
 1981年にハワイ日系人を対象とした追跡研究の結果が発表され、コレステロールの低い群ではがんの死亡率が高まり、最も総死亡率が低くなるのはコレステロール値が210〜240mg/dlの間であることが示されました。また、強力なコレステロール低下剤を総コレステロール値220mg/dl以上の人に服用してもらい、その予後を調べた日本の大規模臨床試験(J-LIT研究)では、心筋梗塞による死亡率は、コレステロール値が180mg/dl未満の群の方が200〜279mg/dl群より高くなることが示されています。このようなデータを総合してみると、中高年では血中のコレステロール値は200〜260mg/dlくらいで最も長生きしていると言えます。


食品数が多いほど長寿で生活機能も向上する

■野菜や果物の摂取についてはいかがですか。
 野菜の摂取量自体は減っていません。むしろ緑黄色野菜は増えており、これは高齢者も同様です。「1日350gの野菜を摂ろう」と言われますが、それよりやや少なめで300g程度が現状ですね。野菜の摂取量を見ると日本より多く摂っている国はたくさんありますが、根菜やキノコ、海藻などもバランスよく摂っているという点を考えると、日本は世界一に近いと思います。
  果物について見ると、先進国の中でも日本人は果物の摂取量が少ない民族です。かつて、野菜を十分に摂っていれば果物は必要ないと考えられていた時代もありましたが、80歳を超えても元気に社会貢献をしている方々を私たちが調べたところ、全ての方が果物好きという結果が得られました。美味しさという部分で、野菜とは違った効用があるのかもしれません。

■そう考えると、多彩な食品を食べるということが大切と言えるのでしょうか。
 食品の数が多いほど長生きにもなりますし、生活機能も向上することは確かに言えます。また、安全性という面からも食品の多様性は大切です。マグロにしても水銀の含有量が多い魚ですから、そればかり食べるのは問題ですし、野菜の農薬も安全基準内にあるといっても、特定の野菜ばかりを食べていれば、農薬の蓄積が絶対にないとは言い切れません。
  日本人は世界的にみても多様な食品を摂取しており、また調理方法も多彩です。高齢者の栄養バランスは非常によい状態にありますから、この状況を維持し、今後は若者の低栄養化を食い止めることが課題になると思います。


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