食生活の見直し

脳の健康と栄養

高田 明和 浜松医科大学名誉教授
高田 明和

メタボリックシンドロームが話題となり、ダイエットが流行する現代社会。しかし、糖分や脂肪を目の敵にして、動物性食品より野菜に偏ってしまう食生活は大問題だと、浜松医科大学名誉教授の高田明和先生は話します。ダイエットがかえって糖尿病を招き、うつや認知症などの脳の機能低下をもたらす危険性があるのです。どのように栄養を補給すれば脳の健康を維持できるのかを、高田先生にお聞きしました。


体重のわずか2%の脳が、全エネルギーの24%を消費している


■ダイエットが流行っていますが、脳の健康からみてもこれは問題が大きいそうですね
 まったくその通りです。よくカロリー制限は寿命を延ばすと言われますね。これはもともと1920年代にロックフェラー医学研究所のラウスという、ノーベル生理学・医学賞の受賞者でもある研究者が、40%くらいエサを少なくして摂取カロリーを制限したマウスが寿命も長く、ガンにもなりにくいと発表したことがきっかけです。確かにショウジョウバエや回虫、マウスなど、小さな動物ではことごとくそれは当てはまります。ところが、さらに進化した動物、サルなどになってくると摂取カロリーを減らした方がいいかどうかはわからなくなってきます。人間ではどうかというと、当てはまらないと考えられます。
 なぜかというと、人間は脳が大きいからなのです。摂取エネルギーの多くを脳が使っている、つまり人間の脳は大食漢なのです。私たちの先祖は約600万年前に密林の樹上生活から地上に降り立ったと言われています。そのときの脳の大きさは現在のチンパンジー程度の400cm3でした。現生のチンパンジーはエネルギーの10%程度を脳に割り当てているので、最初の人類であるアウストラロピテクス・アファレンシスも同じくらいのエネルギーを脳のために使っていたと思われます。200万年くらい前に手を使う猿人、ホモ・ハビリスが出現すると、道具を使って狩猟を行うようになりました。ヤマイモのように地中深くにある食物もとれるようになって栄養状態も良くなり、脳の大きさは600cm3くらいまで増えました。さらに150万年ほど前になると、火を使う原人が現れました。それによって食べ物が消化されやすくなり、食物エネルギーを効率的に摂取できるようになって、脳も900cm3くらいになり、17%くらいのエネルギーが脳に使われていたと考えられます。そして現人類の脳は1350cm3くらいになり、エネルギーの約24%を使っているのです(図1参照)。
  私たちの脳の重さは1,450g程度ですから、これは体重の2%に過ぎません。この脳が、摂取する全エネルギーの約24%を消費しているわけですから、脳に十分なエネルギーを与えなければ脳の機能は障害され、老化も進んでしまいます。このように大食漢の脳の健康を考えると、粗食が良いなどとは言えないのです。

(図1)脳に割り当てられるエネルギー

糖の摂取は脳の機能を高める

■脳にとってのエネルギー源は、ブドウ糖なのですね。
 そうです。私たちの脳はブドウ糖しか使うことができません。しかも脳は非常にエゴイストで、もし何らかの原因でブドウ糖が足りなくなると、脳は自分が使う分を確保しようとして、体の他の組織がブドウ糖を取り込めないようにしてしまいます。つまり、インスリンがあっても、他の組織の細胞のインスリンに対する感受性を弱くしてしまう、すなわちインスリン抵抗性を増大させてしまうのです。この状態が慢性的に持続すれば、2型糖尿病になってしまいます。

■糖の摂りすぎだけでなく、摂らなくても糖尿病になってしまうということですか?
 獨協医科大学の研究によると、60〜79歳の痩せている高齢者では標準体型の人と比べて糖尿病になるリスクが高かったと報告されています。1962年に「倹約遺伝子」を提唱した米国ミシガン大学のジェームズ・ニール博士は、なぜ我々は太りやすいのかというと、人類は長い間飢餓の状態にさらされてきたために、食べ物が十分あるときはすぐに脂肪にしてエネルギーを蓄えようとするからだと言っていますが、同時にこのようなことも言っています。つまり、動物の脳は、ブドウ糖の供給が少ない場合には、体のブドウ糖利用を抑制し、それを脳にまわそうとするのだというのです。
 ブドウ糖は脳の働きにも大きな影響を及ぼします。例えば米国ジョージア大学のゴールド博士は、アルツハイマー病の患者23人にブドウ糖とサッカリンを摂ってもらい、認知機能の変化を調べたところ、ブドウ糖のほうがサッカリンに比べ、言葉や文章などの理解、記憶、自分の居場所の理解などが良くなっていました。中でも文章の記憶は非常に改善されていたのです(図2)。また、ラットを迷路に入れてエサを探させる実験では、海馬のブドウ糖の量が低下します。海馬は短期記憶を長期記憶にする場所であるとともに、場所の記憶に重要な働きをする器官です。そのラットにブドウ糖を注射すると、海馬のブドウ糖の量が元に戻ります。つまり明らかに脳を使っているときはブドウ糖が少なくなり、それを補ってあげる必要があるのです。

(図2)アルツハイマー病の患者の認知能力へのブドウ糖の効果

“うつ”にならないためには 必須アミノ酸のトリプトファンが不可欠

■たんぱく質も脳の働きに関係していますか。
 もちろんです。例えば、現代はうつ病に悩む人が非常に多いですね。うつ病の治療で最も使われる薬は選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)といわれるもので、これは脳内のセロトニンという神経伝達物質を増やすものです。うつ病の患者さんでは、脳内のセロトニンの量が少なくなっているか、働きが悪くなっていることが知られています。このセロトニンは、トリプトファンという必須アミノ酸からしかつくられません。つまり、トリプトファンを摂らなければ、脳内のセロトニンの量を増やすことはできないのです。
 では、トリプトファンを摂らないとどうなるかというと、例えばうつ病から快復した患者さんにトリプトファン欠乏食を与えると、うつ病が再発してしまったという報告があります。また、エール大学のデガルド博士らは、うつ病指数と血中のトリプトファン濃度の関係を調べた結果、血中のトリプトファン濃度の減少に比例してうつ病指数が高くなり、このような人にトリプトファンを与えたところ、うつ症状が改善されたと報告しています。

■トリプトファンはどのような食品に多く含まれているのですか。
 動物性たんぱく質、なかでもブタやウシの赤身肉に多く含まれます(図3)。トリプトファンはコメやイモ、マメにも含まれますが、効率的な供給源とは言えません。セロトニン以外の神経伝達物質、例えばノルアドレナリンやドーパミンも感情をコントロールしていますが、その原料である必須アミノ酸のチロシンやフェニルアラニンも肉に多く含まれます。つまり、ダイエットなどで極端に菜食にしたり、肉食を減らしたりしていると、脳が栄養失調になって“うつ”になってしまうのです。



(図3)食品100gあたりのトリプトファン量

コレステロールは脳細胞を保護する

■脳に関係する栄養として、その他にどのようなものが挙げられますか。
 コレステロールです。コレステロールは動脈硬化の原因として悪者扱いされますが、コレステロール値が高い人はアルツハイマー病になりにくいという報告が出されています。また、1997年に医学誌Lancetに発表された論文によると、コレステロール値が高いほうが認知症の発症率が低かったのです(図4)。 アルツハイマー病では、βアミロイドというペプチドが脳に沈着します。これはセクレターゼという酵素がアミロイド前駆体(APP)を切断することで生じます。細胞膜にコレステロールが多いと、このセクレターゼがAPPから離され、切断できにくくなるために、アルツハイマー病になりにくいと考えられます(図5)。また、コレステロール値が高い人は、脳梗塞後の生存率が高いことも報告されています(図6)。


(図4)85歳以上の老人の血清コレステロール値と認知症の関係



(図5)コレステロールによるセクレターゼ抑制のメカニズム



(図6)コレステロール値と脳梗塞による生存率の変化

■間違った情報に振り回されて、栄養が偏ってしまうと問題ですね。
 その通りです。厚生労働省研究班が約10万人を対象に10年間行った追跡調査では、BMIが25〜27くらいが一番長生きでした。日本肥満学会の基準では、BMI25以上が「肥満」ですから、これは世間の“常識”を覆すたいへんなことです。これをみても、今の過剰なダイエット志向がいかに問題かわかります。
 また最近、高齢者のたんぱく質欠乏が大きな問題になっています。たんぱく質が欠乏すると、生活の質が低下したり床ずれ(褥瘡)が起きたりするだけでなく、認知症にもなりやすくなります。うつ病や自殺、引きこもりなども社会的問題になっていますが、その原因も、これまでお話ししたとおり、脳の栄養失調と深く関わっていると考えられます。私たちの願いは元気で長生きすることです。しかし、脳の栄養を考えずにそれはあり得ません。今こそ、科学的根拠に基づいて脳も含めた身体全体の栄養の重要性を認識すべきときだと思います。


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