高齢者にとって望ましい食生活

東京都老人総合研究所 地域保健研究グループ
研究員 熊谷 修

「健康日本21」は、生活習慣病予防を主眼に置いています。では、そこで奨励されている食生活は、高齢者にも当てはめられるのでしょうか? 東京都老人総合研究所の熊谷修先生は、“元気で長生き”のためには、乳・乳製品や肉類、油脂類をよく摂取する必要があるとおっしゃいます。この3月に発刊され、厚生労働省により全国の自治体に配布された『低栄養予防ハンドブック』の監修者でもある熊谷先生に、実証に基づく高齢者の理想的な食生活について語っていただきました。

高齢者と中年者では、病気に関係する危険因子が異なる



■よく「粗食がいい」という声を聞きますが、これは高齢者にとって本当によいのでしょうか?
●それは間違いですね。粗食がいいというのは、中年者の生活習慣病予防という視点に立った考えなのでしょうが、高齢者と中年者では病気に関係する危険因子が異なります。心臓病の各危険因子の影響度を年齢階級ごとに区分し比較した研究によると、血清コレステロールや肥満度の影響度は、高齢になるに従い低くなります。つまり同一疾患に対して、中年者では有効な予防や管理のための食事療法などの効果が、高齢者でも同程度に期待できるとは限らないのです。

■なぜ、高齢者と中年者では危険因子が異なるのでしょう?
●その原因のひとつは、高齢者はすでに選択的な脱落を経ているためだと考えられます。言い換えれば、中年者にとって手ごわい生活習慣病の危険因子を克服してきた「人生の勝者」である高齢者にとって、そのような危険因子はあまり問題にならないと考えられるわけです。
 一方、高齢者にとって生活機能障害(移動や入浴、食事などの障害)が大きな健康問題になります。高齢期の生活機能障害は老化の反映です。71歳以上の高齢者約4,000名を4年間追跡調査した研究成果によると、生活機能障害のない群に対して、移動能力障害の群(1km以上続けて歩けないなど)では、心臓病死亡の危険率が男性で1.8倍、女性が2.2倍という結果が報告されています。また、同じ対象で身体栄養状態の指標である血清アルブミン値ごとの心臓病死亡の危険率も比較したところ、血清アルブミン値4.3g/dl以上の群に対して、3.8g/dl未満の群の危険率は2.5倍となっています。
 これらの結果から、高齢期では身体栄養状態の低下が老化を加速させ、病気の発症を促すと理解できます。


様々な動物性たんぱく質と油脂類の摂取が高齢期では大切

■では、高齢者にはどのような食事が理想的と言えるのでしょうか?

●70歳の地域高齢者集団を10年間追跡し、食習慣と余命の関係を分析した研究成果によると、牛乳や油脂類を高頻度で摂取する高齢者ほど生存率が高いことが示されています。
  日本人の平均寿命はこの100年でほぼ2倍になっています。特に昭和40年頃から牛乳・乳製品、肉類、卵、油脂類の摂取が急激に増加し、これを機会に脳卒中死亡者が激減していることが注目されます。これらの食品の摂取によりコレステロール摂取量が増加し、血清コレステロール値の水準が上昇し改善され、脳卒中が予防されるようになったと考えられます。
  また、私どもでは、地域高齢者600名あまりを2年間追跡調査し、日常生活を楽しむための生活機能(知的能動性)の低下を予防するためにはどのような食生活を送ればよいかを解明しました。その結果、肉類、牛乳、油脂類を高頻度で摂取する人ほど知的能動性の低下する危険率が低いという結果になりました。
  これらのことから、さまざまな動物性たんぱく質食品と油脂類を摂取し、身体の栄養状態を良好な水準に維持することが、高齢期に求められる食生活のあり方だと言えます。

■多彩な食品を摂取することが大切だとも、よく言われますね。
●1985年に発表された食生活指針では「1日30品目」の食品摂取が推奨されています。しかし食品群が同じであれば含まれる栄養素の構成は類似しますから、摂取品目数では多様な栄養素が摂取できているかどうか正しく評価できません。そこで、私どもは主菜、副菜を構成する10品目群を選び、その摂取頻度で評価する方法を提案しています。「肉類」「魚介類」など10食品群をほぼ毎日摂取していれば10点となります。得点水準を3群に分け、5年間に高次生活機能が低下する危険率を比較したところ、「1〜3点群」に対して「4〜8点群」「9〜10点群」は危険率が約30〜40%も低いことがわかりました。これは多様性に富む食品摂取習慣を持つ高齢者ほど寝たきりになりにくいことを意味しています。

 

低栄養予防のための食生活指針

■高齢者の健康のためには「和食が一番」とは言えそうにもありませんね。
●いろいろなメディアでライフスタイルに関する健康情報が伝えられていますが、それらの多くは介入研究、つまり実際に行って有効性を確かめる研究に基づいたものではありません。そこで私どもでは、生活機能に障害のない元気な高齢者1,000名を対象とした介入研究を行いました。この研究では、それまでの研究成果を踏まえて立案した「低栄養予防のための食生活指針」の有効性を確かめました。
 介入効果は明瞭で、介入前の4年間は血清アルブミンは有意に低下していますが、介入後は有意に増加しています。血清アルブミンは身体の栄養状態を示す決定的な指標となり、余命と生活機能障害の予知因子となるので、この結果は高齢者の健康にとってたいへん大きな意味を持ちます。


乳・乳製品は、認知機能低下を予防する働きもある

■牛乳・乳製品の有効性というと、やはり骨粗しょう症の予防ということになるのでしょうか?
●もちろんそれもありますが、最近は、牛乳による高齢期の認知機能低下の予防効果がクローズアップされてきました。加齢にともなって血液中にホモシスチンという物質が増えてくるのですが、これが増加すると心筋梗塞や脳卒中の危険因子になりますし、また、認知機能の低下にも関係してきます。ですから血中のホモシスチン濃度は低く抑えられていることが望ましいわけです。
 このホモシスチンの分解排泄には、主にビタミンB6、B12、葉酸の3つのビタミン、中でもビタミンB12が非常に重要な役割を果たします。アメリカのフラミンガム・スタディ(オフスプリング・スタディ)という大規模調査では、乳・乳製品を摂取している人ほどビタミンB12が高いことがわかってます。実際に私どもが行った追跡調査でも、牛乳をよく飲む習慣がある高齢者ほど、加齢に伴う認知機能の低下を予防できるという結果が出ています。また、牛乳は高齢者の血清コレステロールの低下を予防するのにも役立ちます。高齢者にとって、牛乳を摂る習慣をつけることは非常に大切です。

■一般的に、コレステロール値は低いほうがいいと考えられているようですが?
●高齢者の場合はその逆です。血清コレステロールが低下すると、男性の場合、抑うつ傾向を引き起す原因にもなるのです。女性では値の低い人から早く亡くなります(75歳以上)。ですから高齢期は血清コレステロールが低下しないようにすることが非常に重要になってきます。

■ヨーグルトも牛乳と同じ効果が得られると考えられそうですか?
●生乳を使用しているヨーグルトに限って言えば、それが当てはまると考えられます。脱脂粉乳は脂質がかなり除かれているから身体に良いと考えられがちですが、高齢者にとってふさわしくありません。牛乳が持つ良質なたんぱく質やコレステロールを含む脂質などの成分をそのまま保持した生乳ヨーグルトが望ましいと言えるでしょう。
 良質な動物性たんぱく質を摂取することが、高齢期の低栄養の予防に重要な役割を果たします。それに貢献する食品のひとつとして、発酵乳、それも生乳を使用したものがもっと注目されるべきだと思いますね。これからは介護予防を視野に入れた食品開発がますます求められるようになりますから、メーカーはその重要性をしっかり認識し、商品開発を行ってもらいたいと思います。

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