(1)乳酸菌の特徴と発酵乳誕生の軌跡

はじめに

 乳酸菌(lactic acid bacteria)は乳酸を多量につくる細菌群の総称である。世界の各地にはその地域特有の発酵食品があり、その多くには乳酸菌が生息し、それぞれの発酵食品の特徴を醸し出す上で大きな役割を果たしている。最近では食生活における栄養バランスの崩れがみられ、生活習慣病が増加していることに鑑み、我国でも発酵乳や乳酸菌飲料を積極的に求める傾向が高まり、機能性を追及した新しいタイプの製品が次々と店頭に並べられている。それらの中には、特定保健用食品の認可を受けた製品も数多く含まれるようになってきている。今日、乳酸菌の保健機能についての研究は極めて活発になされており、発表論文数も年を追って多くなってきている(図-1)。本連載ではそれら研究論文内容の流れを概観し、乳酸菌の生理機能と利用について3回に分けて平易に解説する。本稿では先ず乳酸菌の菌種と発酵乳製造の歴史について解説したいと思う。

図-1 乳酸菌に関する発表論文数の推移

1.乳酸菌の特徴

(1)乳酸菌の概要
 冒頭にふれたように乳酸菌という呼称は学名に基づいたものではなく、あくまでも便宜上のものであり、乳酸を多量につくる細菌群の総称である。この観点からすると、乳酸菌はヘテロの集団であると言うことが出来る。乳酸菌はフランスの大科学者L. Pasteur、1822-1895、 図-2) によって発見され、Orla-Jensen によって定義づけられている。それによると、乳酸菌とは多量に乳酸を生産(炭水化物を発酵し、生成する酸の50%以上)すると共に、炭水化物を含む培地によく繁殖し、グラム陽性で、運動性がなく、胞子をつくらない菌群のことである。また、ブドウ糖に対して第一発酵式(ホモ発酵式)あるいは第二発酵式(ヘテロ発酵式)に従って乳酸を生成し、かつ桿菌または球菌の形態をとり、カタラーゼは生産しないなどの性質をもっている。ブドウ糖からの乳酸の生成における第一発酵式と第二発酵式は次のとおりである。

第一発酵式:C6H12O6→2C3H6O3(ホモ発酵式)
第二発酵式:C6H12O6→C3H6O3+C2H5OH+CO2 
(ヘテロ発酵式)


図-2 L.Pasteur,1822〜1895

(2)乳製品製造用乳酸菌の種類
 乳製品製造用乳酸菌の種類は多い。主要な乳酸菌の用途上特徴を表-1にまとめて示した。また、それらの菌学的特徴を以下に簡単に解説する。

Lactobacillus
Lactobacillus 属は乳酸菌の15の属の中でもっとも大きな属である。Lactobacillus 属の菌種は自然界に広く分布しており、耐酸性に優れている。また、乳製品製造上重要な菌種が多く、発酵乳の製造に欠かすことの出来ないLb. delbrueckii subsp. bulgaricus 、Lb. delbrueckii 、Lb. acidophilus、 Lb. casei、Lb. plantarum、Lb. brevis、Lb. buchneri、Lb. fermentum ならびに Lb. helveticus などが代表的な菌種である。この属に位置付けられている菌種は生化学的性質、生理化学的性質、さらには遺伝子型も多様で、G+C mol%が32〜53%と広く、形態は桿菌である。また、グルコースからの発酵形式がホモ型発酵の菌種と、ヘテロ型発酵の菌種とから成立っている。なお、乳製品と深い関わりをもっている L. casei は以前からその分類をめぐって混乱していたが、最近 L. zeae、L.casei、L.rhamnosus の3種類 に整理されている。

Lactococcus
  Lactococcus 属は以前はStreptococcus 属の中に位置付けられていた。Lactococcus 属には5菌種あり、その中でLc. lactis が乳製品と深い関係を持っている。Lc. lactis にはLc. lactis subsp. lactis、Lc. lactis subsp. cremoris それにLc. lactis subsp. hordniae の三つの亜種があり、前二者が乳製品に関係した乳酸菌である。
 なお、Lc. lactis subsp. cremoris は次の4点でLc. lactis subsp. lactis と異なっている。(a)40℃で増殖出来る、(b)4%のNaClで増殖出来る、(c)アルギニンを加水分解出来る、(d)リボースを発酵するの4点である。

Streptococcus
 Streptococcus 属は口腔、人畜、臨床試料などに見い出される乳酸菌である。病原性があることで知られる乳酸菌もこの属に含まれている。代表的なものとして、St. pyogenes、 St. mutans、 St. pneumoniae などがある。この属の中にあってSt. thermophilus は乳製品製造上重要な唯一の菌種である。St. thermophilusLb. delbrueckii subsp. bulgaricus と併用してヨーグルトのスターターに用いられる。

Leuconostoc
 Leuconostoc 属はヘテロ発酵型の球菌で、生産する乳酸の光学異性体はD型である。Leuconostoc 属がヘテロ発酵を行う絶対性は“Leuconostoc sensu stricto”(厳密な意味でのロイコノストック属)と呼ばれていることから理解される。 乳製品製造上重要な菌種としてLeu. mesenteroides subsp. cremoris 、Leu. mesenteroides subsp. mesenteroides、 Leu. mesenteroides subsp. dextranicum それに Leu. paramesenteroides などがある。

Bifidobacterium
 Bifidobacterium 属は本来乳酸菌の定義からはずれるが、ヒト腸管内に生息し、保健効果に極めて優れていることから、乳酸菌と関連付けて述べられることが多い。
 Bifidobacterium 属はグラム陽性の多形性桿菌で、Y、V、X、I 字状を呈している。初代分離には偏成嫌気的条件が求められるが、継代培養を重ねるにつれ、緩慢な増殖ながら好気性の平板にコロニーを形成する。耐酸性であり、芽胞非形成、非運動性、カタラーゼ陰性である。また、硝酸塩を還元せず、インドール、ゼラチン液化、ベンチジン反応、アルギニンの水解性はいずれも陰性である。増殖至適温度は36〜38℃で、57〜68 G+C mol%である。ヒトの腸管や糞便、さらには膣、口腔に生息するほか、サルやブタなど多くの動物の腸管や糞便中にも見い出される。主要な菌種として、B. bifidum、B. infantis、B. breve、B. thermophilum、B. adolescentis、B. longum、B. pseudolongum、B.suis、B. coryneforme、B. asteroides、B. indicum などがある。

2.乳酸菌と発酵乳

(1)創製と伝播
  ウシが家畜化されたのが紀元前8000年頃に東地中海地域で、またヒツジとヤギは紀元前1万年頃にメソポタミア北部で家畜化されたと言われている。牧畜様式が確立されると、人類は積極的にそのミルクを自らの食料に取り入れることを始めた。それに伴って、腐り易いミルクを出来るだけ長く保存させるための加工技術も磨かれていった。東地中海地域を中心に、ウシの飼育が始められると、民族の交流の勢いにのって世界の各地にウシが家畜として飼育されるようになった。やがて、それぞれの地域の気候や風土に合った様々な乳製品がつくりだされていくが、その中心をなすものが発酵乳(酸乳、凝乳)である。発酵乳(酸乳、凝乳)の誕生はたまたまミルクが自然発酵しただけのことに過ぎない。しかし、ミルクを自然発酵させる方法が技術となり、その技術が継承され、史実として発酵乳(酸乳、凝乳)が記録されるようになった。例えば、メソポタミア文明を生み出したシュメール人がB.C. 3000年頃に刻んだ石刻には搾乳、土器による集乳、牛乳の濾過とバター製造などの様子が描かれている。(図-3)。さらに、トルコのヨーグルトは8世紀、インドのバターミルクはB.C. 800〜300年、ダヒは紀元前800〜300年、アイランは13世紀、ロシアのケーランは15世紀、ハンガリーのターホは14世紀にそれぞれ既に実在していたことが判明している。また、大和朝廷に雅やかな華を添えた酥や醍醐は釈尊 (B.C. 566〜486) が入滅 (涅槃)の前一昼夜の間に説かれたとして知られている大般若涅槃経に記されている。その経典の中で醍醐は酥からつくられる滋養豊富な乳製品であり、これを服用すると衆病皆除の効ありと説明されている。発酵乳のこのような広範囲にわたる伝播の軌跡にはシルクロードが一大舞台になった。シルクロードを経由した発酵乳中心の乳加工技術は中央アジア及び内陸の遊牧生活を営む民族、例えば、コザック、キルギス、アルタイ、ヤクートといったトルコ民族、ブラジェス、カルムイク、ツビン、タタールといったモンゴル民族、それにアゼルバイジャン、タジクといった民族によって西アジアからモンゴル、インド、チベット方面へと伝播されていったものと考えられる。「東方見聞録」で有名なマルコポーロ (1254〜1324年)もこのシルクロードを通り、その旅行記にダッタン人 (モンゴル人)が酸乳飲用の習慣を有していることを伝えている。発酵乳のつくり方が継承されていく過程で消滅してしまった発酵乳がある反面、全世界に広まっていった発酵乳もいくつかある。その代表的なものがヨーグルトである。20世紀の初頭、メチニコフ (E. Metchnikoff、1845-1916、図-4) はブルガリア地方を旅し、ブルガリア菌と呼ばれる桿菌がヨーグルトの主叢をなすことを明らかにした。 メチニコフはブルガリア人がブルガリア菌を多量に含有するヨーグルト(トラキア語でヨグは「 固い 」、ルトは「 乳 」を意味する)を常食しており、このことがこの地方の人達の長寿を保つ秘訣になっていると考えた。つまり、ヨーグルトに含有されるブルガリア菌を生菌の状態で多量に摂取すると大腸で腐敗菌が抑制されて早期の老衰と短命を防止させるとするものである。この説はヨーグルトの価値を過大評価したものではあったが、ヨーグルトが当時のヨーロッパに広がるきっかけをつくった。メチニコフが唱えた不老長寿説 はヨーグルトの栄養・生理学的効用についての多彩な研究を促すきっかけにもなった。

図-3 シュメール人がB.C.3000年頃に刻んだ石刻

図-4 E.Metchnikoff,1845〜1916

(2)発酵乳のヒト健康への寄与
 乳酸菌は古来人類が発酵食品を通じて体内に入れてきた細菌群であり、経験的にみて安全性が高いとみなされることから、"GRAS (Generally Recognized As Safe ) Bacteria"と呼ばれており、また保健上重要なプロバイオテイックスの筆頭に挙げられている。プロバイオテイックスとは、「宿主の健康維持に有益な働きをする生きた微生物」として定義されており、好ましいプロバイオティックスとして次の7つの条件が挙げられている。つまり、(1)人に用いるものであれば、人由来であること、(2)酸ならびに胆汁酸耐性であること、(3)腸管粘膜ならびに腸管粘液性グリコタンパク質に付着性があること、(4)人腸管内で病原菌を排除し、かつ腸管に棲息能力を有すること、(5)発ガン物質を排除すること、(6)安全であること、(7)保健効果が確認されていること。
 乳酸菌の人体に対する保健効果は乳酸菌を用いてつくる発酵乳においても同じく認められている。それらは免疫賦活化作用、抗腫瘍作用、抗菌性、膣炎予防、乳糖分解、整腸作用、血中コレステロール低減作用などがあり、いずれも科学的な追求により明らかにされている。これらについては次号以降に解説することにする。
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