乳酸菌の機能を生かしたバイオプリザベーション(3)

5. 乳酸菌を利用した植物性発酵食品の保蔵

 前回に指摘したように動物性発酵食品では乳酸菌スターターを接種する場合が多く、植物性発酵食品では原料や製造環境に生息する乳酸菌を巧みに増殖させる例が多い。しかし、最近は植物性食品でもそれに適した乳酸菌をスターターとして添加する製造法の開発も進んでいる。植物性発酵食品としては、漬物類などの野菜・果実加工品、穀実加工品、各種の醸造製品などがある。これらに分布する乳酸菌の特徴的な菌種を示すと表6の通りである。また、最近は生食用野菜やデリカテッセン(洋風の調理済み食品)の衛生的保存にも、乳酸菌の利用が試みられている。

(1)漬物類など

図4 キムチの発酵における微生物叢の変化
(気温14:、食塩濃度3.5%)
宮尾茂雄:乳酸発酵の文化譜(小崎道雄編著)、p.190(1996)中央法規出版より引用

漬物は種類が多く、わが国だけでも300種類を越える といわれている。漬物には、発酵したものと発酵させないものがある。発酵漬物は乳酸菌や酵母が関与し、特有の風味を醸成し、保存性を付与する。

 無塩漬物(すんき、中国の酸菜、ネパールのグンドルックなど)では、発酵によって酸やアルコールを生成させ、pHを低下させてBacillus属などの腐敗細菌を抑える。また、生成した乳酸以外の抗菌性物質によって雑菌の増殖を阻止する。漬物類では特に乳酸菌スターターを添加することはないが、確実な乳酸発酵を促すため、前に漬けた種菌が付着した漬菜を新鮮な菜類と交互に漬け込むか、種菌を含む漬液を注ぎ込むか、あるいは前によくできた菜漬の乳酸菌が付着した容器(かめ)をそのまま、次に使用する。

 低塩漬物(野沢菜漬、泡菜、搾菜、サワークラウトなど)の保存性にも、乳酸菌は寄与している。例えば、サワークラウトは、陰干しし細切したキャベツに2〜3%の食塩を加え、5〜10℃で40日以上乳酸発酵する。酸度は1.5%程度となる。キャベツだけでなく、キュウリやオリーブも塩水に漬けて発酵するが、その過程で生育するPediococcus pentosaceusがペディオシンを生成し、発酵 野菜の保存に寄与することはかなり以前から知られていた。

 無塩・低塩漬物の代表的な乳酸菌としては、Leuconostoc mesenteroides、Enterococcus faecalis、E.faecium、P.acidilactici、P.pentosaceus、Lactobacillus plantarum、L.brevisなどが挙げられる(表6)。食塩濃度が低いと、初期にL.mesenteroides、発酵中期にP.pentosaceus、次いでL.plantarumL.brevisが優勢になるというように、何種類かの乳酸菌が連続的に働くといわれている。キムチ(沈菜)にその典型例が見られる。食塩濃度3.5%のキムチを14℃で発酵したときの主要乳酸菌 数の変化を図4に示した。

 浅漬は原料野菜の新鮮な風味を生かすことを特徴とする漬物で、加熱殺菌工程がなく、食塩濃度が2%前後と 低く、また合成保存料を使用しない場合が多いことから、漬物のなかで最も微生物管理が難しいものとされている。浅漬で、ある程度の乳酸菌の増殖は適度な酸味を付与するとともにグラム陰性細菌の生育を抑制し、亜硝酸の生成を抑えるなど、最初は好ましい効果を示すが、乳酸菌が過度に増殖すると品質劣化(酸敗)の原因となるので注意を要する。

 家庭でつくられる伝統的な糠みそ漬でもL.plantarum P.pentosaceusが重要な役割を演じている。前回述べ たように、ナイシンZは非常に長い年月維持されてきた糠床から分離されたLactococcus lactisで発見されたバクテリオシンである。なお、たくあん漬は、主として酵母が関与するアルコール発酵漬物に分類されるが、この場合も乳酸菌によるpHの低下が有害な産膜性酵母の増殖を抑えるといわれている。

 一般に茶の発酵は、茶葉のなかの酵素を作用させて茶(例えば紅茶やウーロン茶)に加工することを意味するが、漬物として微生物(主として乳酸菌)で発酵する特殊な茶があり、漬物茶と呼ばれる。通常の漬物と違って、食塩を一切使用しない点が特徴である。中国雲南省やタイ、ミャンマなどには乳酸発酵した茶が存在し、わが国の碁石茶、阿波晩茶、富山黒茶もその流れを汲むものである。タンニンの阻害を受けにくいL.plantarumが主要菌種である。ローカルな製品で生産量もわずかであるが、近年乳酸発酵茶の健康に対する効果が注目されている。

表6. 植物性食品に分布する特徴的な乳酸菌

食品の種類 特徴的な乳酸菌
野菜・果実加工品
各種野菜の漬物
ピクルス
発酵茶葉、
オリーブの実
バナナ果肉の貯蔵など
Lactobacillus plantarum,L.sake,L.buchneri,L.fermentum,L.brevis,L.pentosus,
L.delbrueckii subsp.bulgaricus, Pediococcus acidilactici,P.pentosaceus, Leuconostoc mesenteroides subsp.mesenteroides,L.mesenteroides subsp.dextranicum,
Enterococcus faecalis,E.faecium, Lactococcus lactis subsp.lactis
穀実加工品
発酵豆乳
発酵ピーナッツミルク
サワーブレッド
ソーダークラッカーなど
Lactobacillus plantarum,L.sake,L.buchneri,
L.fermentum,L.brevis,L.pentosus,
L.delbrueckii subsp.bulgaricus,
Pediococcus acidilactici,P.pentosaceus,
Leuconostoc mesenteroides subsp.mesenteroides,
L.mesenteroides subsp.dextranicum,
Enterococcus faecalis,E.faecium,
Lactococcus lactis subsp.lactis
清   酒 Leuconostoc mesenteroides subsp.mesenteroides, Lactobacillus sake
ワイン Oenococcus oeni, Leuconostoc mesenteroides subsp.mesenteroides,
Lactobacillus plantarum,L.hilgardii
味噌・醤油 Tetragenococcus halophilus, Pediococcus acidilactici, P.pentosaceus, Enterococcus faecalis

(2)生食用野菜など

 わが国でも、生食用野菜の消費は増大しつつあり、この種の食品の衛生管理は目下、非常に関心がもたれている。弁当および惣菜の衛生規範では、サラダや生野菜(未加熱処理品)の細菌数(生菌数)は106cfu/g以下が 望ましいとされ、業界の自主基準では105/g以下となっている。特に生食用芽物野菜やカット野菜については、腸管出血性大腸菌、サルモネラ、腸炎ビブリオなどの汚染を念頭において、栽培から収穫後、消費に至るまでの一貫した衛生管理を行なわなければならない。この際、低温で増殖可能なListeria monocytogenesAeromonas hydrophilaにも注意を払う必要がある。

 生食用野菜の貯蔵期間を延長し、安全性を確保するために、乳酸菌の利用が試みられている。例えば、Lactobacillus caseiが大腸菌群数などを減らす効果があり、 さらにA.hydrophilaSalmonella TyphimuriumStaphylococcus aureusを死滅させると報告されている。また 、奥田らはカイワレダイコンの養液にLactococcus属の 乳酸菌を加えて、E.coli O157:H7に対する抑制効果 を明らかにした。さらに、Enterococcus mundtiiの生成するバクテリオシンがCA貯蔵した芽物野菜(mungbean sprout)におけるL.monocytogenesの制御に有効であることが示された。

図5 8℃で6日間保存中のready-to-use ミックス野菜サラダの糞便系大腸菌に対するLactobacillus casei および乳酸の影響
Torriani,S.,et al.:バイオプリザベーション(森地敏樹、松田敏生編)、p.136(1999)幸書房より引用

 生食用野菜のグラム陰性腐敗細菌や食中毒細菌を乳酸菌で抑制する技術は今のところ未完成であるが、洗浄殺菌、CA貯蔵ならびに低温保持だけに頼らざるを得ない生食用野菜の保蔵に乳酸菌の自然な抗菌力を活かす余地は十分あると考えられる。また、図5に示す通り、すぐ食べられる調理済み野菜サラダの糞便系大腸菌群数は8 ℃で6日間の保存期間中に徐々に増加するが、L.caseiの生菌あるいは培養液透析外液濃縮物を加えると、顕著な抑制効果が認められた事実は注目に値する。

(3)穀実加工品

 豆乳を乳酸菌で発酵してヨーグルトやバターミルクに似た製品をつくることができる。発酵豆乳は健康食品としても注目されている。乳酸菌としては、Streptococcs thermophilusLactobacillus acidophilusのほか、L.plantarumLeuconostoc mesenteroidesなどが用いられる。乳酸発酵により、大豆臭が消え、フレーバーとテクスチャーが改善されるとともに、保存性も向上する。また、ピーナッツミルクやキャッサバの発酵にも乳酸菌が関与することが知られている

 ライ麦でつくるサワーブレッドのパン種にはL.casei など中温性乳酸桿菌の存在が生地の物性改善とフレーバーの面から必須である。サンフランシスコサワーブレッドではヘテロ発酵型のL.sanfranciscoなどが利用される(表6)。また、通常のパン(食パンなど)の製造においても、酵母と共存している乳酸菌が食味(テクスチャーなど)に好ましい影響を及ぼすといわれている。この効果が認識されたのは比較的最近のことである。また、乳酸菌はパンの保存性向上に寄与することは、非常に日持ちのよいイタリアのパネトーネに好例が見られる通りである。なお、乳酸菌はソーダクラッカーの製造工程でも重要である。均一でフレーバーの優れた製品をつくるため、ソーダクラッカーの生地にL.plantarumL.delbrueckiiL.leichmanniiなどを添加して発酵する場合があるが、最終製品の保存性に関与するものではない。

(4)醸造製品

岡田早苗、柳田藤寿:バイオプリザベーション(森地敏樹、松田敏生編)、p.127(1999)幸書房より引用

 醸造製品でも乳酸菌が有用な働きを示す例が少なくない。酒造りでは、乳酸菌は腐造(火落ち)の原因となるため嫌われるが、清酒の伝統的な手法(生、山廃)では逆に乳酸菌の力が利用されている。すなわち、Leuconostoc mesenteroidesL.sakeが増殖して、清酒酵母の自然純粋培養に導く環境整備の役割を果たす。このことを模式的に示したのが図6である。8℃前後で仕込まれた酒母中で、まず低温性の硝酸還元菌(Pseudomonas など)が増殖し、亜硝酸が生成するが、その後、硝酸還元菌は死滅する。次に乳酸菌が増殖する。産膜酵母や野生酵母は亜硝酸、乳酸による低pH、低温などの作用で死滅する。仕込み後、約2週間経過すると乳酸菌以外の微生物は検出されなくなり、酒母を培養するのに最適な条件となるので、優良な清酒酵母を接種する。残存する乳酸菌は、酒母の発酵が活発になると、生成したアルコールによって死滅するので、優良清酒酵母のみが多量に存在する酒母が得られることになる(図6)。なお、清酒、ワイン、ビールなどの醸造中に、ナイシンやアシドシン8912(L.acidophilus由来)などで、有害乳酸菌によ る腐敗を防ぐ試みも為されている。

 ワインのリンゴ酸を乳酸に分解するOenococcus oeni など(表6)の減酸効果はよく知られており、有用な菌 株をスターターとして添加する方法も実用化されつつある。

 醤油醪は食塩濃度が高いので耐塩性のあるTetragenococcus halophilusが増殖し、醤油の淡色化に寄与するといわれている。醤油は、それ自体が保存性の優れた調味料であり、この面での乳酸菌の効果は無視してもよいであろう。一方、味噌の味に悪影響を及ぼす重要な汚染菌の一つである枯草菌(Bacillus subtilis)を抑えるため、バクテリオシンをつくる味噌定着型の乳酸菌の活用が提案されている。すなわち、加藤は加熱殺菌(蒸煮)直後の無菌状態に近い大豆をナイシン生産菌(Lactococcus lactis IFO 12007)によって乳酸発酵することにより、大豆に乳酸菌の独占的菌叢を形成させ、生産されたナイシンにより、その後の工程で大豆や麹を汚染する有害細菌の増殖を阻止して、味噌の品質と加工適性を改善する方法を開発した。表7に乳酸発酵豆味噌の微生物変化を示した。

 乳酸菌をほぼ106/g接種して30℃で24時間乳酸発酵した大豆に枯草菌を105/g接種すると、この菌はナイシンの作用により直ちに死滅した。大豆麹に食塩水を加え、30℃で熟成を行なった結果、L.lactisは耐塩性がないので、仕込み時に添加された食塩(11%)により急速に減少、死滅するため、味噌の過度のpH低下(酸敗)は阻止された。ナイシンは乳酸発酵により大量に生産されたが、熟成中に麹菌の生産したプロテアーゼによって分解され、消失した。また、表7に示したように、ナイシン生産菌を利用して、枯草菌の存在しない無塩味噌を調製することができた。この場合、食塩濃度は自由に調整できる。

 同様な手法により、好ましい風味の米味噌を調製することもできる。米味噌の場合は、蒸米には乳酸菌の増殖に必要な栄養成分が不足しているため、そのままでは十分に乳酸発酵することができないが、大豆煮汁の添加によってナイシン生産性乳酸菌を旺盛に増殖させることができた。このような加藤らの技術開発は、乳酸菌による食品保蔵の実用化の事例として高く評価されるものである。

おわりに

 従来から、人々が乳酸発酵の風味が存在することを認めている食品で、乳酸菌を積極的に保蔵に利用することは容易である。しかし、食品の種類によっては、乳酸発酵を経ないで有害微生物を制御したい場合もある。残念ながら、このような乳酸菌の利用法は、ごく少数の事例を除いて、まだ実用化の域に達していない。

 その理由の一つは、わが国ではナイシンの食品への添加が認められていないことである。本文中でも指摘したように、ナイシンの特徴、特に食品産業で大問題である芽胞形成菌への有効性を活かすことができる分野への利用は、今後わが国でも検討に値すると考える。例えば、果汁などの酸性飲料を変敗させるAlicyclobacillusの制御が問題となっているが、ナイシンによってこの菌の耐熱性を低下させ、しかも発芽・増殖を抑制できる事実は注目に値する。

 現在、乳酸菌の抗菌性についてはバクテリオシンに研究が集中しており、乳酸菌由来の新しい有用なバクテリオシンの発見が期待されるが、これと同時に乳酸菌の菌体や発酵産物が発揮する複合的な抗菌作用も重視すべきであろう。乳酸菌のバクテリオシンは、主としてグラム陽性細菌に対して有効であるが、有害微生物のなかにはいろいろな種類のグラム陰性細菌も存在する。この種の菌群を抑制するには、単一のバクテリオシンではなく、その他の抗菌因子との併用が効果的と考えられる。

 数千年来、人類に親しく利用され、安全性が実証されている乳酸菌による食品保蔵技術の今後の発展を期待したい。


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