“乳酸菌”って、どんな菌?-分かりやすい基礎講座-(その2)

U 乳酸菌の代謝

1.乳酸発酵のタイプと発酵生産物

 ヒトや乳酸菌も含めて、一般に従属栄養生物は複雑な構造の有機物を外部から取り込み、簡単な物質に分解して、その際生じるエネルギーを利用しています。乳酸菌は糖質を代謝して、菌体成分の合成や生育に必要なエネルギーを獲得し、乳酸などを生成します。自然界ではエネルギーは一般に熱の形で放出・利用されますが、生物は獲得したエネルギーをいったん高エネルギー化合物(ATP:アデノシン三リン酸など)と呼ばれる特殊な有機物質中に捕捉して、利用します。
 糖質の代表ともいうべきグルコース(ぶどう糖)を例にとると、この糖が嫌気的に(酸素が関与しない条件で)分解され、1分子のグルコースから2分子のピルビン酸(または乳酸)を生じ、2分子のATPが得られる過程を“解糖”と呼びます。その代謝経路が解糖系(別名:EMP経路)です。グルコースからピルビン酸が生じるまでに10種類の酵素が関与しますが、この過程は乳酸菌だけでなく、ほとんどすべての生物に共通して存在する根幹的エネルギー獲得機構です。図1に示す通り、乳酸菌ではピルビン酸が乳酸に還元され、酵母ではピルビン酸がエタノールに変換されます。一方、ヒト、動物、好気性微生物などではピルビン酸がTCA回路(トリカルボン酸回路、クエン酸回路)を経て電子伝達系で代謝され、分子状酸素を消費して、最終的には二酸化炭素と水に分解されます。この経路は酸素呼吸系と呼ばれ、グルコース1分子が解糖系ならびにTCA回路を経て完全に酸化されると36〜38分子のATPが生成します。
  乳酸菌による糖質の発酵は、通常2種類の経路(ホモ乳酸発酵またはヘテロ乳酸発酵)で進行します。下記の通り、ホモ乳酸発酵は単糖(例えばグルコース)1分子から2分子の乳酸を生成し、消費された糖のすべてを乳酸に変換します(1式)。これに対してヘテロ乳酸発酵では、乳酸のほかにエタノールと二酸化炭素を生成します(2式)。一方、ビフィズス菌による糖質の代謝経路は通常の乳酸菌とは異なっていて、2分子のグルコースから2分子の乳酸と3分子の酢酸を生成しますが(3式)、これもヘテロ乳酸発酵の一種と見なすことができます。

C6H12O6(グルコース)→ 2CH3CH(OH)COOH(乳酸)+2ATP (1)
C6H12O6(グルコース)→CH3CH(OH)COOH(乳酸)
+C2H5OH(エタノール)+CO2(二酸化炭素)+ATP (2)
2C6H12O6(グルコース)→ 2CH3CH(OH)COOH(乳酸)
+3CH3COOH(酢酸)+5ATP (3)

 乳酸菌の菌種によって、例えばヨーグルトの製造に用いるブルガリア菌(ラクトバチルス デルブリュッキー 亜種 ブルガリクス)は(1)式のホモ乳酸発酵、発酵クリームやカテージチーズ用のスターターに含まれるロイコノストック メセンテロイデス 亜種 クレモリスは(2)式に示したヘテロ乳酸発酵、ビフィズス菌はビフィズム経路により(3)式に示したヘテロ乳酸発酵を営みます。なお、乳酸は、その構造のなかに一つの不斉炭素原子(互いに異なる4つの原子または原子団と結合している炭素、図1の乳酸の構造式参照)をもつため、L型、D型およびDL型(両者が等量混じったラセミ体)と光学活性の異なる3種類の異性体が存在し、属や菌種により生成するタイプはほぼ決まっています。そのため、生成乳酸のタイプは乳酸菌を同定する際の重要な検査項目となっています。また、最近ポリ乳酸が地球に優しい生分解性プラスチックとして注目されていますが、乳酸を化学合成するとDL型になり、ポリマーにすることができません。工業的用途が拡大しつつあるポリ乳酸用の純粋なL‐乳酸あるいはD‐乳酸をつくるために、乳酸菌による発酵生産の重要性が改めて認識されてきています。
  さて、上記の反応式(1)に示したホモ乳酸発酵の代謝経路とその主要な代謝中間体は図2の通りです。これは、図1に略記した解糖系を具体的に示したものに相当します。ホモ乳酸発酵菌の最大の特徴は、図2のフルクトース1,6‐二リン酸を2分子の三炭糖リン酸(すなわち、グリセルアルデヒド3‐リン酸とジヒドロキシアセトンリン酸)に変換する反応を触媒する酵素アルドラーゼをもっていることです。このタイプの発酵を行う主な乳酸菌はストレプトコックス(Streptococcus)、ラクトコックス(Lactococcus)、エンテロコックス(Enterococcus)、ペディオコックス(Pediococcus)と一部のラクトバチルス(Lactobacillus)です。
  上記の反応式(2)に示したヘテロ乳酸発酵の代謝経路とその主要な代謝中間体は図3の通りです。ヘテロ乳酸発酵は、ホスホグルコン酸経路(別名:ペントースリン酸回路)の一部と解糖系の一部を経由するもので、その最大の特徴は、図3のキシルロース5-リン酸をアセチルリン酸とグリセルアルデヒド3‐リン酸に変換する反応を触媒する酵素ホスホケトラーゼの存在です。発酵乳製品の生産に関与するヘテロ乳酸菌としてはロイコノストック(Leuconostoc)と一部のラクトバチルス(Lactobacillus)が挙げられます。また、ワインの減酸(リンゴ酸を乳酸に変換)で風味改善に寄与するオエノコックス(Oenococcus)もヘテロ乳酸菌です。
  ところで、先述の理論的な反応式(1)に従えば、ホモ乳酸発酵の代謝産物は乳酸だけのはずですが、実際には乳酸のほかに、ごく微量のエタノール、酢酸、ギ酸、アセトアルデヒド、ジアセチル、アセトインなどを副生します。その生成量は菌株や培養条件によって相違します。伝統的なヨーグルトの製造に通常用いられる乳酸菌は2種類のホモ型乳酸菌ですが、同じ菌種でも異なる菌株で比較しますと、生成乳酸量だけでなく、副生する微量の発酵生産物(アセトアルデヒドなど)の種類や濃度の違いによって、製品の風味に差異が生じます。そのため、消費者の好みに合った発酵乳製品の製造には適切な菌株の選択が大切なことは、前号でも指摘致しました。
  ラクトバチルス属は、産業的に有用な菌種を多数含む重要な乳酸菌グループですが、上述のように同じ属のなかにホモ型乳酸菌とヘテロ型乳酸菌が混在し、やや複雑です。そのため、第1群の偏性ホモ型、第2群の通性ヘテロ型、第3群の偏性ヘテロ型に分けることがあります。第1群を代表する菌種はラクトバチルス(L.と略記)デルブリュッキー、第2群にはL. カゼイやL. プランタルム、第3群にはL. ブレビスなどが含まれます。通性ヘテロ型のラクトバチルスは図2と図3に示した両方の乳酸発酵経路を有し、培養条件(糖源の種類や濃度、pH、酸素の存在など)によって代謝に大きな変化が起こる場合があります。例えば、L. プランタルムはホモ型乳酸菌に分類されますが、好気的条件やグルコース濃度が著しく低い条件下では、乳酸を酢酸に変換し、ヘテロ乳酸発酵の場合と同じような物質を生成することがあります。
  なお、上記の反応式(3)に示したように、ビフィズス菌(Bifidobacterium)は2分子のグルコースから最終的に2分子の乳酸と3分子の酢酸を生成します。この代謝経路はビフィズム経路と呼ばれ、図3のヘテロ乳酸発酵とは違って、代謝中間体のアセチルリン酸が酢酸に変換される機構ですが、紙幅の都合でその詳細は割愛します。

2.乳における乳酸菌の糖とクエン酸の代謝

 乳における乳酸菌の糖代謝は、基本的には図2あるいは図3に示した経路に沿って進行します。ただし、乳中に存在する糖質はグルコースではなく、ラクトース(乳糖)であることが大きな相違点です。乳酸菌がラクトースをエネルギー源として利用するには、まずそれを細胞内に取り込まなければなりませんが、その機構には2つの種類があります。すなわち、ラクトースをそのまま細胞内に取り込むパーミアーゼ系と、ラクトースにリン酸を結合させる過程で細胞内に取り入れるホスホトランスフェラーゼ系です。
  第1のパーミアーゼ系はラクトバチルス デルブリュッキー 亜種 ブルガリクスやストレプトコックス サーモフィルスなどに存在し、ラクトースはパーミアーゼという酵素の働きで細胞内に取り込まれ、β‐ガラクトシダーゼの作用でグルコースとガラクトースに加水分解されたのち、図2のように代謝されて乳酸を生じます。ガラクトースの代謝過程は図2には記載されていませんが、ガラクトース→ガラクトース1‐リン酸→グルコース1‐リン酸→グルコース6‐リン酸の順に変化し、あとは図2に示した経路の通り代謝が進みます。ただし、ガラクトースを代謝できない乳酸菌はこの糖を細胞外に排出し、高分子の多糖を生成する場合もあります。
  ラクトースの第2の取り込み系は、ラクトコックス ラクチスやラクトバチルス カゼイなどに存在する機構で、ラクトースは細胞膜に存在するホスホトランスフェラーゼ系によってリン酸化されると同時に細胞内に取り込まれます。ラクトース6‐リン酸はホスホ‐β‐ガラクトシダーゼと呼ばれる酵素によってグルコースとガラクトース6‐リン酸に加水分解されます。ガラクトース6‐リン酸の代謝経路は図2には省略されていますが、ガラクトース6‐リン酸→タガトース6‐リン酸→タガトース1,6‐二リン酸の順に変化し、このタガトース1,6‐二リン酸が図2のフルクトース1,6‐二リン酸とまったく同様にジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒド3‐リン酸に変換されます(この経路はタガトース6‐リン酸経路と呼ばれています)。
  日本人を含めて東洋人の多くは、成長して乳を摂取する習慣がなくなると、乳児期には高い活性を保っていた小腸粘膜のラクトース分解酵素(ラクターゼ、β‐ガラクトシダーゼ)の活性が低下ないし喪失します。そのため、牛乳を一度に多量飲むと、消化されなかったラクトースが大腸に移行して腸内の浸透圧を高め、また腸内細菌の異常発酵で生じた生成物により、腹痛や下痢を起こす場合(乳糖不耐と呼ばれる)があることはよく知られています。しかし、上述のごとく、はっ酵乳には乳酸菌由来のラクトース分解酵素が含まれているため、乳糖不耐の症状は著しく軽減されます。このように、栄養価の優れた牛乳を消化・吸収面で摂取しやすくするのも、はっ酵乳の有益な機能ということができます。
  ところで、発酵乳製品において乳酸菌が生成する代表的な香気成分は2つの種類に分けられます。すなわち、発酵バターやカテージチーズの特徴的な成分であるジアセチル(CH3‐CO‐CO‐CH3)とヨーグルトや酸乳飲料で重視されるアセトアルデヒド(CH3‐CHO)であり、両者のフレーバー特性は非常に異なります。アセトアルデヒドは、ほとんどすべての乳酸菌で生成が認められています。一方、ジアセチルはピルビン酸を経由してつくられるのですが、解糖系に由来するピルビン酸は事実上すべて乳酸に変わります。しかし、牛乳にはクエン酸がかなり多量含まれています(平均約0.17%、範囲0.09〜0.20%)。乳酸菌のなかには、ロイコノストック メセンテロイデス 亜種 クレモリスやラクトコックス ラクチス 亜種 ラクチスの変種ジアセチラクチスなどのようにクエン酸発酵性の菌種があり、クエン酸から効率よくジアセチルを生成します。クエン酸からジアセチルに至る代謝経路を図4に示しました。これは、サワークリーム、発酵バター、カテージチーズなどの製造における独特の風味発生の面から重要な反応です。

3.乳酸菌による乳タンパク質の分解

  前号で指摘したように、牛乳はタンパク質を豊富に含んでいますが、遊離アミノ酸含量がきわめて低いことが特徴です。乳酸菌が乳中で生育するためには、細胞外に存在するタンパク質を分解して菌体にとって必須なアミノ酸を細胞に供給しなければなりません。微生物の仲間のなかでは乳酸菌のタンパク分解力はそれほど強いとは言えませんが、乳で生育する乳酸菌は必ずタンパク分解活性を具えていて、例えばチーズの熟成過程における好ましい風味の発生などに重要な役割を演じています。ただし、チーズで苦味をもつペプチドが生成・蓄積する事例もあり、この場合は使用する乳酸菌スターターの種類や組み合わせを変えるなど、工夫が必要となります。
  タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)は、エンドペプチダーゼ(プロテイナーゼ)とエキソペプチダーゼに大別されます。前者はタンパク質に作用して、その内部のペプチド結合(‐NH‐CO‐)を加水分解し、後者は主としてペプチドの末端部に作用して、末端アミノ酸を逐次遊離し、低分子ペプチドと遊離アミノ酸を生じます。細胞外に存在するタンパク質(カゼインなど)を分解して利用するため、乳酸菌のプロテアーゼ・システムは、図5のごとく、主として細胞表層に存在し、タンパク質→大きなペプチド→オリゴペプチド(アミノ酸残基数が10個程度以下の短いペプチド)→トリペプチド(アミノ酸残基3個)→ジペプチド(同2個)→アミノ酸の順に分解します。また、それぞれの生成物を細胞内に効率よく取り込む輸送システムが細胞膜に存在することも確かめられています(図5参照)。
  さらに、はっ酵乳において乳酸菌がタンパク質に作用し、その結果保健効果をもつ物質が生成する可能性があります。例えば、ラクトバチルス ヘルベティクスで発酵した酸乳には血圧降下作用が認められますが、これはβ‐カゼインからこの乳酸菌のプロテイナーゼやペプチダーゼの作用で生成されるトリペプチド(Val‐Pro‐Pro、Ile‐Pro‐Pro)がアンジオテンシン変換酵素(強力な昇圧物質であるアンジオテンシンUの生成を触媒する酵素)を阻害する活性を有するためです。アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、臨床面で使用され本態性高血圧患者に有効であることが既に明らかになっているため、上記のような発酵食品に生じる降圧性ペプチドの探索は各方面で行われています。

4.乳酸菌の生成する細胞外多糖

 乳酸菌の生成する糖質で工業的に生産されているものの代表はデキストランです。昔から砂糖製造工業において、絞った糖液の粘度が異常に高まる事故が関係者を悩ませてきました。この原因菌はロイコノストック メセンテロイデスと呼ばれる乳酸菌で、粘質物の本体は多数のグルコースが結合した多糖(α‐1,6‐グルカン)でした。デキストランの部分加水分解物は血漿増量剤として大変役に立ち、またデキストランを化学的に架橋して不溶化したものはセファデックスの商品名で生化学的ゲル濾過材として広く利用されています。
  多糖は、同一種類の単糖から構成されるホモ多糖と、構成糖が異種なヘテロ多糖に分けられます。ホモ多糖としては、上述のデキストランのほか、ラクトバチルス属やペディオコックス属にもα‐またはβ‐グルカンを生成する菌があります。また、グルコース、ガラクトース、ラムノース、N‐アセチルグルコサミンなどから構成されるヘテロ多糖を生成する乳酸菌も多数知られています。
  フィンランドやスウェーデンで製造される粘質酸乳ではラクトコックス ラクチスが細胞外多糖を生成し、ヨーグルト用のストレプトコックス サーモフィルスにもヘテロ多糖を生成する菌株があります。また、ケフィール(乳酸発酵とともに酵母によるアルコール発酵が関与するはっ酵乳)の製造に用いるケフィール粒に含まれるラクトバチルス ケフィラノファシエンスも、ケフィランと名づけられた多糖を生成します。
  乳酸菌の生成する多糖には、抗腫瘍効果や免疫賦活作用が認められているものがあり、現在活発な研究が進められています。

5.乳酸菌が生成する抗菌性物質

 一般に食品の保蔵には加熱、水分活性やpHの調整、真空あるいはガス置換包装、低温の利用、保存料の添加など、各種の手法が用いられます。近年は食生活の質的な向上に伴って、できるだけ素材の特徴を生かした、ナチュラルで新鮮感覚の食品を求める傾向が強まってきました。そのために、不必要な加熱を避けるとか、できれば保存料の代わりに、「人々が長年にわたり食品として、あるいは食品とともに、何らの害作用もなしに食べてきた植物、動物あるいは微生物起源の抗菌性物質」(バイオプリザバティブ)を効果的に活用しようとする食品保蔵技術、すなわちバイオプリザベーション(biopreservation)に強い関心が集まっています。
  バイオプリザバティブの定義に当てはまる物質として、酢酸などの有機酸、エタノールなどのアルコール類、抗菌性タンパク質(卵白リゾチームなど)、香辛料成分などが直ぐ思い浮かびますが、伝統的な食品加工・貯蔵技術において発揮された乳酸菌の働きは特に重要なものです。
  乳酸菌が他の微生物に対して発揮する抑制効果として第一に挙げるべきものは、乳酸の生成とそれに伴うpHの低下です。食中毒細菌の多くは、食品のpHが5以下であれば生育しないか、あるいは生育してもその増殖速度は微々たるものとなり、一般にpH4以下では病原細菌の生育はまったく起こりません。
  微生物の生育に対する酸の阻止作用は水素イオン濃度に依存することはもちろんですが、同じpHの場合は塩酸などの無機酸よりも、乳酸や酢酸のような有機酸の方が阻止効果が強いことが知られています。すなわち、酸による微生物生育の阻止作用は、水素イオンだけでなく、陰イオンあるいは酸の非解離分子も関与し、多くの場合酢酸は乳酸よりもさらに強い効果を発揮します。ビフィズス菌は乳酸とほぼ等量の酢酸を生成することは前に述べましたが、腸管内でビフィズス菌を優勢にし、活発に代謝させることは、有害な微生物を抑えて腸内環境を改善するために役立ちます。
  乳酸菌の生成する抗菌性物質として、乳酸のほかに、副生する少量の揮発性脂肪酸(酢酸、ギ酸)、過酸化水素、β‐ヒドロキシプロピオンアルデヒド(ロイテリン)など、一群の低分子化合物が挙げられます。ジアセチルやアセトアルデヒドなどの香気成分にも抗菌性がありますが、有効濃度は数百ppm以上とされ、実際問題として単独で抗菌作用の主役となるとは考えられません。乳酸菌はカタラーゼをもたない菌群であるため、過酸化水素はかなり多量蓄積します。一般にラクトバチルス属には過酸化水素生成能の高い菌株が多いといわれています。例えば、冷蔵食品中にラクトバチルスやペディオコックスを接種しておくと、pHの低下なしに低温性腐敗細菌の生育が効果的に抑制されますが、この場合は過酸化水素が関与した可能性が高いと推定されています。
  最近特に注目されているのは乳酸菌のバクテリオシンです。バクテリオシンは、細菌が生産する一種の抗菌物質ですが、本体がタンパク性の高分子物質で、一般に抗菌スペクトルが狭く、その生産性がプラスミド(染色体外性遺伝体)支配である点で、通常の抗生物質とは異なります。乳酸菌の生成するバクテリオシンにはいくつかの種類がありますが、その一部に抗菌スペクトルが比較的広いものが存在します。
  ナイシンはラクトコックス ラクチス 亜種 ラクチスが生成するバクテリオシンで、34アミノ酸残基より成る分子量約3,500のペプチドであり、通常2〜4量体で作用します。活性型分子にランチオニン[S‐(2‐アミノ‐2カルボキシエチル)‐L‐システイン]、β‐メチルランチオニン、デヒドロアラニン、デヒドロブチリンが含まれることが特徴です。英国のナイシンAはチーズスターター、日本のナイシンZは糠床から分離された同じ菌種の乳酸菌から発見されたものです。ナイシンAとZは、アミノ酸組成が1ヵ所異なりますが、抗菌活性には差がありません。ナイシンは医療用に使われておらず、消化管内でキモトリプシンによって分解され、バクテリオシンのなかでアメリカ食品医薬品局がGRAS(Generally Recognized As Safe=胡椒、塩、砂糖、食酢など食習慣のある天然物の分類)として認められている唯一の物質であり、FAOとWHOとの合同食品添加物専門家会議もA1ランクに分類しています。
  ナイシンはグラム陽性菌全般に抗菌作用を示し、チーズ、ハム・ソーセージ、缶詰などの保存料として世界中で60カ国近くの国・地域で利用が認められています。わが国では未だ使用が承認されていませんが、バチルス(Bacillus)属やクロストリジウム(Clostridium)属の耐熱性芽胞に対する阻害効果は食品工業全般にわたって有用と考えられます。
  現在、世界的に見て乳酸菌のバクテリオシンに関する研究は非常に盛んであり、100種類以上が報告されていますが、実用的にはナイシンに勝るバクテリオシンは未だ見出されていません。
(次号に続く)



トップへ戻る 一覧へ戻る