大腸内細菌叢の多様性解析とプロバイオティクスの機能

1. 大腸内細菌叢の多様性解析と役割

1-1)はじめに

 ヒトの大腸内には多様な細菌が常在し,複雑な大腸内細菌叢(Fecal Microbiota)を形成している。ヒトが毎日排泄する糞便(乾燥糞便)にはほぼ2分の1に達するほどの生きた細菌で占められ、その大部分が嫌気性細菌(酸素のあるところでは生育できない細菌)である。詳細な研究によりヒトの大腸内には実に500種類以上,その数たるや糞便1グラムあたり約1兆個の細菌が 棲みついている。そしてヒトの大腸内に棲息する細菌の全重量はなんと約1.5キロにも達すると推定されている。

 ヒトの大腸内細菌叢の検索技術の開発はすでに1950年代初頭よりはじめられ、嫌気培養技術の確立・応用により、それらを構成する大部分の菌種・菌株が偏性嫌気性菌であることが知られるようになった。これによって、それまで解明されえなかった大腸内細菌叢の菌群構成の一部が明らかとなり、ヒトの健康、老化、疾病等との関係も明らかにされてきた。21世紀に入り、大腸内細菌叢の研究も新しい段階を向かえ、これまでの培養可能な大腸内細菌叢の解析から分子生物学的手法を用いて培養困難な大腸内細菌を含む多様性解析が行われ、ようやくその全貌が見えてきた。

 本解説において、分子生物学的手法を用いた大腸内細菌叢の迅速解析法の確立およびその大腸内細菌の構成―腸内細菌プロファイル (Profile of Intestinal Microbiota: PIM) ―の応用による予防医学の可能性および大腸内細菌叢研究の進展と表裏一体の関係にある乳酸菌をはじめとするプロバイオティクスの機能研究の動向、また世界に先駆けて創設された乳酸菌の整腸作用を健康表示(Health Calim)とする特定保健用食品の現況について紹介する。

1-2)大腸内細菌叢(Fecal Microbiota)をどのようにとらえるのか?

 先人の数多くの努力によって確立された嫌気培養法の応用により、ようやく大腸内細菌叢が見えたように思えたが、 高度な嫌気培養装置を用いて検出される大腸内細菌叢の多様性解析にはやはり限界があることが明らかとなった。つまり、それを構成している大腸内細菌の約20〜30%は培養可能であるが、残り70〜80%は培養困難な大腸内細菌であると推定されていた。ところが20世紀末より、この大腸内細菌叢の70〜80%を占める培養困難な大腸内細菌の解析に16S リボゾーム(r)DNAをターゲット分子とする分子生物学的手法が導入され、ようやく培養困難な腸管内細菌を含めた大腸内細菌叢の全貌が見えてきた(Wilson and Blitchington, 1996; Franks et al., 1998)。

図1. ヒト糞便由来Bacteroidesグループの部分
16S rDNA塩基配列による系統樹
分子生物学的手法によるヒト大腸内細菌叢の多様性解析の一環として、16S rDNAクローンライブラリーよりそれの検索を行ったところ、健康な日本人男性3名の糞便より744クローン(DNA)を取り出し、抽出クローンの25%が98%のホモロジー率を示す31既知菌種に同定されたが、残り75%は99の新規なファイロタイプ(系統型、Phylotype )の属していた。このような16S rDNAにるによるクローンライブラリーの構築によって、それらはBacteroides(図1), Streptococcus, Bifidobacteriumの各グループおよびClostridium rRNAクラスターIV(図2), IX, XIVa および XVIIIなどに属するクローンであることを明らかにした(Hayashi et al. 2002)。同時に、M10培地を用いた高度嫌気性培養法によって検出された培養可能な菌株の16S rDNA解析を行ったところ、これまで“ 培養不可能な細菌(Uncultured bacteria)”と表現された菌株の中に培養可能な菌株が多数出現し、改めて、どの菌株がクローンのみでしか解析できなのかを明らかになった。今後、数多くの糞便材料を用いて大腸内細菌叢の多様性解析が進み、培養困難な腸内細菌を含めたヒトの大腸内細菌叢の全貌がより明らかとなるであろう。 

図2. ヒト糞便由来Clostridium rRNAクラスター
IVグループの部分16S rDNA 塩基配列による系統樹
 多様な細菌叢を数値として把握する分子生物学的手法としてRFLP法による多様性解析と遺伝子解析システムによる全自動解析を組み合わせたTerminal-Restriction Fragment Length Polymorphism (T-RFLP) 解析と呼ばれる手法が提案された(Liu et al., 1997)。これは16S rDNA遺伝子などを増幅するプライマーの5’末端を蛍光標識し、制限酵素処理で得られた末端断片の多型を遺伝子解析システムを用いて解析する方法で、これにより自動化、迅速化が可能となった。 大腸内細菌叢の多様性解析に本法と16S rDNA塩基配列を使った各分子生物学的手法と比較すると、細菌叢の多様性解析やデータベース構築という点で優れた方法である(図1)。実際には糞便より直接得られたクローンをPCR増幅後、2種類の制限酵素でそれらを切断し、遺伝子解析システムにより検出された多様なT-RFパターンのピーク面積を自動測定し、それにより複雑な大腸内細菌叢を解析するものである(図3)。図4に示されるように健康成人2名の糞便材料から得られたT-RFLP法による多様性パターン(2種類の制限酵素, Msp 1およびHha 1を使用)の解析により、ヒト大腸内細菌叢の多様性解析が可能となり、その検出法の簡便化および再現性が得られことも確認された(Sakamoto et al.)。このように個人毎のT-RFパターンで表現される「腸内細菌プロファイル: PIM」を作製し、その集積によりデータベースの構築がなされ、どのパターンが常態あるいは病態のどの段階であるかという判定が可能になるかもしれない。さらに、得られたT-RFパターンの意味付けや特定菌種(群)の検出も可能となるであろう。これらを確立するためには、今後、数十万例の本法による大腸内細菌叢を解析し、PIMを蓄積することが必要である。将来、これが関連する大腸疾患の診断・予防に有効な手段になりえるであろうことを期待している。

図3. Terminal-RFLP法による腸内細菌プロファイルの解析法


図4. Terminal-RFLP法による健常成人の大腸内細菌(群)の多様性解析パターン
  2種類の制限酵素(Hha 1およびMsp 1)によって解析されたT-RFパターン

1-3) 大腸内細菌叢は病気の発信源?

図5.大腸内細菌叢と病気との関係
 ヒトの大腸内細菌叢の構成が極めて個人差が大きいために、大腸内細菌叢が棲む場である大腸はヒトの臓器の中で最も種類の多い疾患が発症する場である。大腸内細菌叢を構成している細菌が直接腸管壁に働き、消化管の構造・機能に影響し、宿主の栄養、薬効、生理機能、老化、発がん、免疫、感染などに極めて大きな影響を及ぼすことになる。大腸内細菌が産生した腐敗産物(アンモニア、硫化水素、アミン、フェノール、インドールなど)、細菌毒素、発がん物質(ニトロソ化合物など)、二次胆汁酸などの有害物質は腸管自体に直接障害を与え、発ガンや様々な大腸疾患を発症するとともに、一部は吸収され長い間には宿主の各種内臓に障害を与え、発がん、老化、肝臓障害、自己免疫病、免疫能の低下などの原因となっている可能性が強い(図5)。

図6.都市部および農村部日本人、高肉食群(日本人)および都市部カナダ人の主な大腸内嫌気性菌種の比較
 最近、国際的にヒトの各臓器のがんによる死亡率は異なり,生活習慣,生活条件および食餌成分の違いによることが知られている。特に結腸がんによる死亡率と脂肪の摂取量と正の相関関係にある点で注目され,近年わが国における結腸がんによる死亡率の増加は顕著である。米国ガン研究財団の調査によれば、食物繊維の摂取量が少かったり、運動不足が続くと大腸ガンのリスクが決定的に高いと報告され、また疫学調査により、高脂肪食の摂取が大腸ガンによる死亡数を増加させることも知られている。これまで大腸がんの高リスク地域と低リスク地域の人々の腸内細菌を比べてみると、有意な差を認めないとされていたが、米国からの研究報告(Moore and Holdeman, 1974, Moore et al., 1981)では伝統的な日本食を摂取させると, Bacteroides, CollinsellaおよびBifidobacteriumなどのある種の菌種が優勢に検出されるとしている。さらに、図6に示すように高脂肪食を常食としている都市部のカナダ人および高脂肪食摂取の日本人の大腸内細菌の構成を伝統的な日本食を常食とする農村部の日本人ならびに都市部の日本人成人にそれと比較すると,高脂肪食摂取により,有意にBifidobacteriumCollinsellaの比率が激減し,逆にBacteroidesの比率が増加すると述べている(Benno et al., 1986)。このように大腸内細菌の構成は食餌によって変動することは考えられるが、いまだ一致した結論はえられていない。それは食餌成分の構成、食習慣、年齢、腸内細菌の検索法などの問題があるためである。ヒトの大腸内細菌は極端な食餌の変化がない限り、なかなか変化しにくいと多くの研究者が報告している。

 多くの研究者によって大腸ガンの成因に関与する大腸内細菌を見い出そうとする試みがなされてきたが、最終的に関与する特定の菌種・菌株は検出されていない。従って、これまでと同じ培養法ではその解答を得ることは困難であるかもしれない。すなわち、未だ培養されていない大腸内細菌にその高い活性を持つ菌種・菌株が存在していると考えている。その解明のために、T-RFLP法や定量PCR法などによる培養困難な大腸内細菌を含めた大腸内細菌叢の多様性解析行うとともに、病態と密接に関係ありと特定された菌種・菌株の特異的プライマーを作製し、それを用いて定量PCR法により特定菌種・菌株の定性・定量を実施することが重要であろう。

 以上のようにヒトの大腸内細菌叢の多様性解析は非培養法のおかげで著しい進展の時期をむかえている。これまで通常の嫌気性培養で出現可能な大腸内細菌(全体の約20〜30%)から、大多数の培養困難な大腸内細菌に注目があつまり、それらの系統解析、定量、培養化への取り組みが開始されるようになった。このような分子生物学的手法による大腸内細菌叢の多様性解析「PIM」の確立はヒトの健康増進・病気予防にための方策を探る示す上で重要な役割を演じることが期待されている。今、まさに巨大なブラックボックス、大腸内に分子生物学のメスを通して科学の光が大きく射そうとしているのである。

2. 乳酸菌をはじめとするプロバイオティクスの機能研究

2-1) プロバイオティクスとは?

 プロバイオティクス(Probiotics)の用語はParker (1974)によって“宿主の腸内細菌のコントロールによって宿主に有効な機能をもたらす微生物およびその有効物質”と定義された。さらにFuller (1989)はプロバイオティクスを“宿主の腸内細菌の構成を制御することにより、宿主に有効な機能を有する生きた微生物”と定義し、生きた微生物の働きを強調した。さらにプロバイオティクスが腸内細菌のみならず、他の部位の常在細菌にも影響を与えるとして、Harvenaar & Huis in't Veld (1992)は“宿主の常在細菌のバランスの改善によって、有益な作用をもたらすもの”と定義している。LactobacillusBifidobacteriumに代表されるプロバイオティクスの有用性はなお今後の研究を必要とする部分が多いが、予防医学が重視されている今日、その重要性はますます増加している。

 LactobacillusおよびBifidobacteriumにより作成された発酵乳の保健効果の機序は発酵乳の成分である菌体そのものの直接的な働きとして、常在LactobacillusおよびBifidobacteriumの活性化(菌数および作用亢進),腸内細菌の安定化あるいは改善,有効物質の産生,有害物質の産生抑制および免疫活性化など挙げられ,また、発酵産物は消化補助,栄養素の吸収改善促進,有害物質の吸着と排泄促進などの働きを持っているとされている(光岡, 1973)。そして今日,宿主の腸内細菌の安定化あるいは改善機能がヒトの健康の維持のために極めて重要と考えられる。

 近年のプロバイオティクスの開発・応用の報告から、プロバイティクスとは“食品として宿主の健康増進効果が期待しえる生きた微生物菌体あるいは生きた微生物を含む食品である”とする提案もなされている(Salminen et al., 1998, 1999)。確かに、プロバイオティクスの作用機序は胃腸管の異常機能より生じた腸内細菌のバランスの崩れを改修するものと捉えられ、このように腸内細菌のバランスを整え、腸管感染症に見られる腸内の異常状態を改善したりすることによって宿主の健康に影響を与える生きた細菌細胞とプロバイオティクスが理解されてきている。さらに、今後、プロバイオティクスの範囲が生菌細胞ばかりでなく、菌体細胞成分にまで言及されれば、それらの有効な保健効果を確認するために、作用機序の解明、再現性、効能の範囲など科学的・医学的に証明されることが必要であろう。

2-2) プロバイオティクスに求められるもの

 腸内細菌を改善し,宿主に有益な作用をもたらすプロバイオティクスの条件は

  1. もともと宿主の常在微生物であること
  2. 胃酸や胆汁酸などの消化管上部のバリアー中でも生存できること,
  3. 増殖部位として消化管下部で増殖可能なこと,
  4. 便性改善,腸管内菌叢のバランス改善および腸管内腐敗物質の低下などの有効効果を発現すること,
  5. 抗菌性物質の産生や病原細菌の抑制作用を有していること,
  6. 前項でも述べたように食品でも医薬品としても安全性が高いこと,
  7. 摂取・飲用方法が容易であること,
  8. 生産する上で扱いやすく,価格・費用が安価であること
などが挙げられ,プロバイオティクスの有効性を証明することが重要である(田中, 1990)。

 これまで世界各国で用いられてきたプロバイオティクスの微生物は,LactobacillusBifidobacteriumおよびEnterococcusなどである。これらの乳酸菌は多くの病原菌や腐敗菌を産生される乳酸や酢酸, バクテオリシン様物質などにより抑制するため有効であることが報告されている。

 プロバイティクスに求められる第一条件とはやはり安全性であろう。LactobacillusおよびBifidobacteriumをはじめとするプロバイオティクスは比較的安全であり、有害な働きをすることは少ない。これらの微生物は宿主と強い共生関係にあり、外部より侵入してくる病現菌を排除したり、宿主の免疫機能も強めることも知られている。

2-3) プロバイオティクス(LactobacillusおよびBifidobacterium )の保健効果

 プロバイオティクス(LactobacillusおよびBifidobacteriumなどがその代表菌)はヒトの正常な腸内細菌叢の維持と調節に重要な機能をもっている。プロバイオティクスのもつ保健効果に関する研究は十分になされているとはいいがたいが、様々な機能研究がなされ、より優れたプロバイオティクスが開発されると期待されている。以下、これまでに知られているLactobacillusおよびBifidobacteriumの主な有用機能について紹介する。


整腸作用:プロバイオティクスとして高い機能を有する乳酸菌によって作られる発酵乳の整腸作用については古くから経験的に知られており、胃酸欠乏、栄養不良に伴う下痢症、抗生物質誘導性下痢症、小児下痢症や慢性の便秘症の改善効果が報告されている。

 このような下痢に対する発酵乳の効果は顕著で、1960年代よりカゼイ菌の赤痢菌保有率の低下、胃腸症状の改善効果、難治性小児下痢症の改善効果などが報告されている(小谷ら, 1996)。 これまでの発酵乳の整腸作用とは下痢や便秘の解消を中心とした便性の改善がおもな作用として論議されてきたが、今日の整腸作用とは便秘や下痢などの便性の改善だけではなく,腸内有用菌であるLactobacillusおよびBifidobacteriumを増加させ、腸内腐敗菌であるClostridiumや大腸菌を減少させることによって、腸内環境が改善され,便秘を防ぎ,腸内腐敗菌が作り出す有害物質・発がん物質の産生を抑え,排泄を促進させる働きを指す(瀧口, 1996; 田中と大脇, 1994)。これによってヒトの保健効果が促進される。

図7.慢性便秘症により腸年齢は著しく老化していた
 老人の腸内細菌は健康成人のそれに比べて著しく変動する。すなわち、Bifidobacteriumが著しく減少し,腐敗菌であるClostridium, 大腸菌、Enterococcusなどが著しい増加する特徴が知られている。このような変動を「腸年齢の老化」と呼び、ヒトの老化にともなう腸内環境の変動と捉えられている。ところが、現在、多くの若い女性が便秘に悩み、男性ではストレス性の過敏性腸炎で悩んでいる。その結果、大腸内細菌叢の構成も大きく変化し、腸年齢が著しく老化している。約2週間も便秘に悩んだ挙げく、下剤によって排出された大腸内細菌叢ではBifidobacteriumが減数か消失し、Clostridiumが対照の沖縄県の同年輩の女性のそれと比べて著しく増加することが認められた(図7)。老化した腸内環境がますます腐敗が進行して、さまざな疾患を起こすことになってゆくのである。


発がんリスク低減作用:プロバイオティクス、菌体成分および代謝産物には発がんのリスクを軽減あるいは予防に大きな働きをもつことが期待されている。これまでの実験成績からエールリッヒ腹水がんやザルコーマ180などの移植がんに対して発酵乳ががん細胞抑制効果があることを明らかにされている。 GoldinとGorbach(1977)はジメチルヒドラジンをラットに投与し,牛肉食のみと牛肉食にプロバイオティクスを添加して与えたところ,牛肉食のみで77%に発がんが認められたのに対し,添加群では40%に発生が低下することを明らかにしている。このようにプロバイオティクスががんの発生や増殖を抑制し,老化につながるがんを予防する可能性を持っている。Mizutani and Mitsuoka は図8に示すように、肝腫瘍好発系マウス(C3H/He、70〜80%のマウスに発症)を無菌化させたところ、その発症率が30%にまで減少することを認めた。さらにこの無菌マウスにヒト糞便由来、Eschricha coli, Enterococcus faecalisおよびClostridium paraputrificumを投与したところ、全頭に肝腫瘍の発現を確認し、これにL. acidophilus およびB. longumを投与し,ノトバイオート動物での肝腫瘍発現率を見たところ、それぞれ50%, 40%にまでその発症を低下させることを報告している。以上の成績はプロバイオティクスが発がん抑制に関与することが明らかにされたのである。
図8.ノトバイオート動物(C3H/He)における肝腫瘍の発生(Mixed floraの構成は大腸菌、腸球菌およびクロストリジウムである。)

 発がんと発酵乳の消費量の相関関係を明らかにする疫学的な調査研究が1981年から1992年にかけてなされ、発酵乳と乳がん、膵がんおよび大腸がんとの関係についての疫学調査報告がフランス、オランダおよびアメリカの国々から報告されている。その結論として、発酵乳の摂取が、乳がん、膵がんおよび大腸がんなど発症を軽減しえることが明らかにされている。すなわち、

  1. フランスにおいて1976年から1980年にかけて、1,010人の乳がん患者と1,950人の非乳がん患者とを比較するケース・コントロール試験を実施したところ、発酵乳消費量と乳がんのリスクとの間に負の相関関係が認められ、有意に乳がんのリスクを減少させることが明らかとなった(Monique et al., 1986)。
  2. オランダでも1985年から1987 年にかけて、133人の乳がん患者と289人の非乳がん患者とを比較したところ、乳がん患者では発酵乳製品 (主にバターミルクと発酵乳) の消費量が有意に低いことが報告されている(Pieter van't Veer et al., 1989)。
  3. アメリカ・ユタ州においても1980年代に172人の乳がん患者と190人の非乳がん患者との比較するケース・コントロール試験を行ってみると、牛乳、チーズおよび発酵乳は乳がんのリスクを減少させることが明らかにされている(Pryor et al., 1989)。
  4. オランダにおいて1984年から1988年にかけて、164人の膵がん患者と480人の非膵がん患者の比較調査研究でチーズおよび発酵乳の消費量と膵がんのリスクと有意な負の相関関係があることが報告されている(Bueno de Mesoquita et al., 1991)。さらに、
  5. アメリカ・ウイスコンシン州において1981年から1982年にかけて、353人の大腸がん患者と618人の非大腸がん患者との食事に関する詳細な調査研究の結果、35才以上の時期の食事に発酵乳を取り入れた場合、大腸がんのリスクが軽減することが報告されている(Young and Wolf, 1992)。また、
  6. アメリカ・ロサンゼルスにおいての調査研究でも発酵乳の摂取により大腸がんのリスクを有意に減少させることが認められている(Peters et al., 1992)。以上のような疫学調査によって、プロバイオティクスやその発酵産物が発がんリスクの低減に有効な働きをすることを明らかにされてきた。


免疫活性の維持作用:ヒトの体を病原菌やウイルスの感染やガンから守る上で大切なのが免疫力である。この免疫力が低下すると、感染しやすくなり、ガンが起こりやすくなる。従って、免疫力を高めておくことが病気の予防や治療にとって大変重要である。この免疫力を高めるために乳酸菌が有効な働きをすることが報告されるている。すなわち、 マクロファージの活性化や乳酸菌の消化管関連リンパ系組織を介しての免疫グロブリンA産生を促進することが認められている。

 経口的に乳酸菌(L. casei Shirota)をガン細胞を移植したマウスに投与すると,非投与群に比べ,有意に移植ガンの増殖が抑制されると報告され、免疫能を同時に調べると,非投与群のマウスではT細胞の機能が通常マウスに比べて低く,投与マウスではその機能が正常に働いていることも認められ,乳酸菌によってT細胞の機能が増強されることにより,がん細胞の増殖が抑制されたものと理解されている(横倉, 1996)。

 腸内細菌の液性免疫におよぼす影響は腸内細菌の菌体成分が血行性にまた,リンパ行性に免疫組織を刺激し、無菌動物と通常動物を比べた時,通常動物で網内系の発達がよく,抗原刺激に対する反応も早く,末梢マクロファージの抗原消化が迅速で,抗体産生細胞への抗原情報伝達が早い事が明らかにされている。

 腸管から吸収された腸内細菌によって宿主が刺激されて免疫抗体が産生されるために、積極的にLactobacillusおよびBifidobacteriumなどを多く含むヨーグルトや乳酸菌飲料を摂取して免疫力を高めることが重要である。


アレルギーの低減作用:プロバイオティクス(L. rhamnosus GG)を投与された乳児のアトピー性皮膚炎の早期予防効果を調べたところ、プロバイオティクスがアトピー性皮膚炎の予防に有効な手段になるであろうと述べている(Isolauri et al., 2000)。Kalliomaki et al., (2001) は家族にアトピー発病歴のある妊婦の出産予定日の2週間前から毎日プロバイオティクスを含むカプセル2個(生菌数1×1010)飲用させ, 出産後も6ヶ月間、新生児にもプロバイオティクスを水に溶かして飲用させ、その後、乳児が2歳になるまでアトピー性皮膚炎発病状況を観察の結果、アトピー性皮膚炎発病率は、偽薬(プラセボ)投与群の46%に対し、プロバイオティクス投与群では23%と半減することを認めている。このように本機能については試験研究段階ではあるが、今後期待される機能である。


血中コレステロール低減作用:アメリカのHepner et al.(1979)は毎日発酵乳を720ミリリットルずつ食べていると,食べはじめて1週間で血中コレステロール値が約10%下がったと報告している。 最近の研究成績からコレステロールがそのまま血管壁に沈着するのではなく,マクロファージが酸化型コレステロールを取り込み,泡沫細胞となって血管壁への沈着に関与していることが報告されている。つまり,血中コレステロールを下げることは酸化型コレステロール量をへらすことにより様々な疾患の発現リスクを低減することが期待されている。


血圧降下作用: これまで乳酸菌や発酵乳が高血圧を抑制するということは古くより知られていたが、発酵乳の血圧降下作用について詳細に検討されて、発酵により生成されたアンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドや乳酸菌の菌体成分が有効であると報告されている。高血圧自然発症ラットにL. helveticusで作った発酵乳を与えたところ、血圧降下作用があることが明らかにされており、この乳酸菌はアンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドを作り出していると考えられている(Yamamoto et al., 1994)。また,L. casei より得られた菌体成分(菌体細胞壁成分)を同様に高血圧自然発症ラットにあたえたところ、血圧降下作用が認められている(古代ら, 1995)。その働きの中心であるプロスタングランジンI2が産生促進されて、血管平滑筋弛緩、腎臓でのナトリウムの再吸収抑制により血圧降下作用をもたらすと説明されている。今後、発酵乳の血圧降下作用については期待される領域のひとつである。


ヘリコバクターピロリー低減作用:我が国では健常成人の胃内にHelicobacter pylori が常在しており、これが胃潰瘍あるいは胃がんへの発展に寄与していることが社会的な問題になっている。この菌の排除には抗生物質が用いられているが、食品、とくにH. pyloriの生育抑制が強いLactobacillusおよびBifidobacteriumを用いた本菌の抑制が試みられてきた。プロビオテイクスであるL. salivariusを用いてH. pyloriの抑制に有効であると報告され (Aiba et al., 1998)、また、L. gassri OLL 2716をH. pyloriに感染している3 1名の健常成人に8週投与したところ、H. pyloriの減数ならびに胃粘膜の炎症像が低下していることが認められている(Sakamoto et al., 2001)。今後も引き続き、本機能を有する菌株の研究開発が待たれるところである。

2-4) 特定保健用食品制度の見られる乳酸菌・ビフィズス菌

 食品に関する研究が進むなかで,食品が栄養を補う働きや味覚など「おいしさ」の感覚を満足させる働きのほかに,からだの調子を整える働きがあることが科学的な研究によって証明され,「健康維持・増進および体調調節」の働きが注目されるようになってきた(機能性食品の概念)。健康に役立つ食品をきちんと選んで食べるようにすれば,健康維持や体調の改善,さらには食生活とのかかわりが深い心臓病や脳卒中,糖尿病などの生活習慣病の予防につながっていることが広く認められている。特に、厚生省が定めた特定保健用食品制度はいわゆる機能性食品といわれていたもののうち,医学的,栄養学的に健康への効果が科学的に立証し,評価された安全で,食品の形態をしているものを法的に位置付けたものである。これは食物の機能が健康の維持増進に関わりがあることを表示することを合法的に認めた世界で最初の,画期的な制度とされている。

 特定保健用食品の効能が最も期待されているのが「おなかの調子を整える食品」(整腸作用)で、特定保健用食品としてLactobacillusおよびBifidobacterium,オリゴ糖および食物繊維がよく知られている。309品目の特定保健用食品中、LactobacillusおよびBifidobacteriumなどの菌株を用いた特定保健用食品は34品目(全品目の11.0%)がすでに認可を受け、市場に出回っている。特定保健用食品に用いられているLactobacillusおよびBifidobacteriumはすべて菌株レベルで検討されているのが特徴といえよう。

 特定保健用食品として認可された各種菌株により作られる発酵乳や乳酸菌飲料は栄養学的・医学的にヒトの健康の維持増進に重要な働きをしており、その製造に使用される乳酸菌は主に腸管感染症に対する防御効果の研究からその有用性が明らかにされている。その後の研究により,投与したプロバイオティクスがヒトの腸内に常在するBifidobacteriumおよびLactobacillusなどの有用菌の増殖を促進させたり,有害菌の腸内増殖を抑制し有害物質の生成を抑制する驚異的な働きをしていることが明らかにされている。また,肝硬変,下痢症および便秘症の改善の臨床効果も報告され,さらに,最近ではプロバイオティクスの菌体成分にヒトの免疫系を刺激して感染防御やがんに対する抵抗力を高める働きのあることも報告されてきている。今後、LactobacillusおよびBifidobacteriumの新規機能の開発も強く望まれるところである。

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